1 May 2019

読書感想文 武田邦彦博士の著書

武田邦彦工学博士の著書を数点読んだ。

間違いだらけのエコ生活 主婦と生活社 2008
家庭で行なう正しいエコ生活 講談社 2009
暴走する「偽」環境ビジネス KKベストセラーズ 2009
日本人はなぜ環境問題にだまされるのか PHP新書 2008
エネルギーと原発のウソをすべて話そう 産経新聞社 2011

専門分野で培った科学的視点で世相のウソを切りまくり、騙されて洗脳され、お金を巻き上げつづけられている国民の目を覚まさせてくれる本物の良書。
武田博士がテレビに登場して発言するとそれに対して感情的な批判をする多数派の底の浅い稚拙な知性と誠実さを著しく欠く非科学的反論の手口が鮮明に浮き出される。
博士の活躍は科学者のあるべき姿と思う。あらゆる権力にからみとられること無く、自身の科学の目と誠実な心で世の不正を明らかにしていく人は社会にとって非常に大切だ。その科学性によって複雑で混沌した社会に法則性が見出され、不誠実なエリートによるメディアを使った巧妙な騙しの手口に引っかかって洗脳されている国民に目を覚ますきっかけをくれる。

エネルギーと原発のウソをすべて話そう 産経新聞社 2011

 さて、上記5点の武田邦彦博士の著書で一番おもしろかったのは「エネルギーと原発のウソをすべて話そう」だった。原発に関わっている官僚が一切責任をとらない法制度はあきらかにおかしい。福島原発の爆発事故の報道は論理的思考に混乱をもたらし、見聞きするに絶えなかったのを憶えている。そんな程度の報道が日本の自称エリートのマスメディアがするものであり、当時の民主党政府であった。

博士は著書の中で折に振れてメディアが国民の側に立って報道していないことを指摘している。また博士の発言に誹謗中傷で対抗し、民主的議論に参加しようともしない、非民主的姿勢をとる者達の存在は非常に残念である。 そういう社会に理不尽をまき散らす者を社会から退場させる必要があると僕は思う。

国民の誰もが科学的に思考できるわけではない。教育はそれを保証できるほどよく出来ていないし、教育機関が良くなって子供をより良く教育できても、家庭や地域で不出来な親や年長者、同級生によって子供の知性を壊されてしまうからだ。そんな現状にもかかわらず誰もが一票を持って政治を左右してしまうので、日本の民主制など端からいかがわしいものに過ぎないと思う。多数派の意見が科学的に正しいわけではないのだ。多数決で決するのは妥協に過ぎない。


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 他の著書は環境問題を取り扱ったもので、NHK、朝日新聞と政治の癒着、自治体の業務怠慢と天下り先の創設。補助金という税金が経済界に流れて一部の業者が儲ける等についても言及されている。京都議定書が骨抜きだった理由や、環境ビジネス自体がヨーロッパが先進国のアドバンテージをキープし続けようとして仕組んだものだったことなどおもしろい。結局のところ、無料で見聞きできる媒体では民主国家の国民が知る必要がある情報などほとんどないというのが日本の現状なのだろう。通りでTV見てても新聞読んでもほとんど参考にならないし、おもしろくないわけだ。

春日井市のスーパーでは市のゴミ袋をレジ袋として使っているところがあるそうだ。これはおもしろい!

博士の著書を読んでいると頭が整理されていくようである。これは博士が科学的に書いているからだと思う。テレビやラジオを聞かないようにすると同じ効果があることを経験している。理解に達するように自習することでもやはり同じ効果がある。
学校教育では集団で学ぶが、僕はそれにはほぼ意味が無いと思う。ただ情報を刷り込み、団体行動を染み込ませ、不出来な先人の手先になるように洗脳され育てられるわけだ。そして不出来に育った者が次の世代を不出来に育てる。正に負の連鎖である。

何故か進学校の同級生も名古屋大学の古楽研究会の学生も学んだ学問を試験をパスできる程度に記憶しているだけで理解していない。教師も生徒の理解を促すように指導しない。教師自体も教えることができる程度に記憶しているに過ぎない。身につけた学問で自分自身の目で世の中や自分を直視することもない。

僕の家族も同様で自分自身で思考することなく、記憶力だけにたよった類である。
僕はその異様さに気づいて敷かれた路線から落ちこぼれた。落ちこぼれてから30年、社会的活躍とは全く無縁に過ごし、今も底辺の生活であるが、狂人達から離れて生きる平穏な人生はなかなか楽しい。