地域名に君が付いている。どうして筑紫には王ではなくて君なのか。
蘇我君とか物部君とか検索しても出てこない。
Goo辞書によると古代のもと皇親系の尊号。
紀には地域名に王がついている。長屋王、額田王とか。これは中国の名付け方らしい。
新羅は514から地域名+王の方式でこの時の法興王が仏教を公認している。(528)これより後は全てこの呼び方。それ以前は漢字五文字以上の当て字っぽい。
加耶の王はサータヴァーハナ朝(Sātavāhana、紀元前3世紀/紀元前1世紀? - 後3世紀初頭)は、古代インドの王朝の王女を娶っている。金官国伽倻が後の狗邪韓国。加耶の王も地域+王だが、漢字一文字+王の名前も持っている。倭の五王と同じ名前はない。
馬韓の国王は漢字一文字+王。馬韓はB.C.2-A.D.4中頃。
百済は漢字二文字+王。たまに漢字一文字+王。
- 契王(344-346)
- 聖王(523-554)
- 恵王(598-599)
- 法王(599-600)
- 武王(600-641)
済州島の王も漢字一文字+王がしばしばいる。倭の五王と同じ名前はない。
高句麗は最後に王がつくけど漢字一文字+王はない。
弓月君は秦の始皇帝の末裔とされている。倭に帰化するのを新羅に妨害されて手間取った。紀によると応神天皇14年で上古天皇の在位年と西暦対照表から283。辰韓に秦の亡命者が住んでいたのでそこから渡ってきたか。百済の120県を率いてきたのは?
馬韓の国のリストに伯済国があってこれが中心となって百済になったらしい。その上に目支国というのがある。韓国語版しかないが日本語に機械翻訳すると見れる。それによると月支国ともいうとある。この小国は辰王をやってた家系。
君 公元々は豪族の尊称で、「首長」(しゅちょう)の意味である。
「君」と「公」は別のもの
「君」の大部分は中小豪族で、330あまりの氏族
「三輪君」・「犬上君」など畿内及びその周囲に多い。
地方豪族にも授けられ、関東の「上毛野君」(かみつけぬのきみ)・「下毛野君」(しもつけぬのきみ)
九州の「筑紫君」や「筑紫火君」
8世紀以降になると、 蝦夷・ 隼人の首長にも与えられたという。
国造から君のカバネを持つ氏をひろってみた。が犬上と三輪はない。九州は多い。
- 伊賀氏(君)
- 阿保氏(君)
- 庵原氏(君)
- 牟宜都氏(君)
- 木曽氏(君)
- 科野氏(君)
- 洲羽氏(君)
- 上毛野氏(君)
- 下毛野氏(君)
- 道氏(君・公)
- 羽咋氏(君・公)
- 高志氏(君・公)
- 但馬氏(君・公)
- 吉備品遅部氏(君)
- 波多氏(君)
- 筑紫氏(君・公)
- 大分氏(君)
- 筑紫米多氏(君)
- 阿蘇氏(君)
- 肥氏(君)
- 葦北氏(君)(刑部靫部)
- 諸県氏(君)
- 阿多氏(君)
弓月君は”君”が用いられていた時代に来朝したのでそう読んだか。