12 Jan 2019

獅子舞曲


楠町本郷の箕田流獅子舞の曲

元々の音階

楽曲は筒音をド(主音)とするドレミ(-1/4音)ソラシの6音音階を基本に出来ており、ファ#が時折用いられ、極一部でファが用いられる。ミ(-1/4音)はミとミbの間の音である。ミとミbの間が雅楽で言う1律、洋楽で言う半音1個の差があり、さらにその半分のところにミ(-1/4音)がある。この音階は古代中国の俗楽にも無く、日本の雅楽にもない。また現代に一般的に使用される鍵盤楽器を正しく調律した状態ではこの音は基本的に使えない。
昭和40年に奉納された獅子笛ではミがミとミbの中間にあり、この笛で演奏された旋律に深みがあるかのように聞こえる。下箕田や石薬師南町の箕田流で使用されている笛はm熱田の菊田雅楽器製で、現在の標準とされている440hzよりも1全音低い392hzで調律されており、ミは1/4音低くない。1
正倉院に残存している横笛はとても音程が悪く[正倉院の楽器]、調律されているとは考えられない。その調律の悪さから、それらの横笛は合奏を前提とする雅楽に用いられたのではなく、伎楽の様に独奏に用いられたのだろう。獅子笛がこれらの残存の横笛を手本に作られているのならば、元々調律された音階を持っていない可能性が高い。
獅子舞の楽曲を記憶している人に曲を口ずさんでもらうと、その旋律は基本的に五音音階で歌われる。基準音を平均律の音程のどれかに移動して歌ってもらえば採譜時の困難さが軽減される。

採譜に際して一部変更された音階

獅子舞の楽曲を五線譜に採譜した際、このミ(-1/4音)をミで置きかえると全体に明るい旋律になった。ミbで置き換えると元々の旋律にあった深い印象を通り越して陰鬱な旋律になった。結局、平均律で演奏する際はミを基本として、ところどころでミbで置き換えることとした。これによって獅子舞を構成している音階はドレミファ#ソラシになった。西洋の教会旋法のリディアン音階と同一である。この音階の2全音高いものが沙蛇調として日本雅楽や古代中国の俗楽用の調に残っている。沙蛇調はインド由来の調と考えられている。

楽曲の特徴

日本の伝統音楽は主音とその4度上の2つの核音(主音ドに対するファ)の上下を漂うように構成される。楠町本郷の箕田流獅子舞の曲では主音と5度を骨格としている。これは雅楽や洋楽に見られる特徴であり、この曲は日本の伝統音楽ではない。また一定のテンポではっきりしたリズムで演奏され、日本の伝統音楽というよりはアジアから輸入された音楽のように聞こえる。
現存する雅楽(宮内庁雅楽部の演奏も同様)は原曲の4-16倍程度遅く演奏されている。これは伝承の過程で後継者の実力が十分つかないまま継承されたり、荘厳に感じられるようにテンポを遅くした演奏が要求されたためと考えられる。結果原曲が分からないほどゆっくり演奏され、間延びした音は伝統的奏法によって表現される。これは基本的な技量が乏しい奏者による誤魔化しである。
楠町本郷の獅子舞の曲は希薄な拍子感で随所に綻びが認められるものの欠損はないように見える。雅楽におけるテンポの大幅な低下や誤魔化しの伝統的奏法などは見られない。
個々の楽曲、座付、だんちょ、こっこっこ、舞出し等と雅楽の古譜にある駒形舞の獅子、蘇芳菲、犬、狛龍等と比較しても其々がより長い。また両方に共通する楽句は認められない。楠町本郷に伝わる箕田流の獅子舞の曲が雅楽の駒形舞に繋がるものとは考えられない。楽曲構成は雅楽の古譜と比較すると複雑過ぎる。よって平安時代までに成立したものとは考えにくい。江戸時代後期には神社が地域文化の中心となっていたことからその時期に成立したのではないか?
明治期に伝承された羽津地区の箕田流の曲とはとてもよく似ている。2細部は異なる。楠町本郷の曲は変拍子が随所に見られ、拍子感が希薄になっている。伝承においては前の代の演奏をそのまま受け継ぐことが前提とされており、誤った箇所を修正することができなかったようである。そのため不完全な曲に慣れてしまい、音楽性が充分に育たなかったと思われる。この点から採譜した楽譜をそのまま郷土芸能の資料として使うことは全く勧められない。楠町本郷の楠村神社では著者による編集を行った楽譜を元に著者が演奏を再興している。氏子達の会議で数ヶ所の訂正箇所について説明し、それら訂正が悪意によるものでないことを示したが、先の祭礼の後にも氏子からは演奏が従来の物とやや異なる点に不満を抱き、若い者を走らせ「よくも変えてくれたなー」と著者に恨み言を度々吐かせている。

座付

舞いと太鼓を伴わず、笛だけで演奏される。この楽曲は湯の花神事でも用いられる。羽津地区の箕田流獅子舞ではこれを壇兆、次の曲を座附と呼んでいる。曲の名称は伝承の過程やその地域の神社の祭礼の様式に合わせて代わったのだろう。
4/4
拍子ではっきりしたテンポを明示せず、ゆったりとした体で低い音域でトリルをふんだんに使って演奏される序奏3、次に序の雰囲気を破り2/4拍子で次のだんちょに似た旋律が演奏される。旋律の中心がミ、ソと移って行き、より華やかに演奏され、換頭4を経て曲の中間部分が繰り返される。楽曲の最後には再び破の冒頭の旋律が再現され、締めくくられる。雅楽の序破急の音楽形式の影響を受けていると思われる。

だんちょ

この曲より舞いが加わる。口取と師子が共に舞う。雅楽の舞楽では舞人が舞台に入場する時に乱声を演奏して舞台を祓う。だんちょと乱声は音が似ており、曲名は乱声に由来するのかもしれない。陰陽道では大声を発して魔を祓う乱声がある。
2/4
拍子、先ず太鼓のみでこの曲の基本のリズムパターンが演奏される。笛は先の座付の2/4拍子の部分と同じモチーフがやや変更されて演奏される。途中突然6/8拍子になって雰囲気が変わり、短調な繰り返しに慣れた耳が驚かされる。この曲と座付は構成上とてもよく似ている。どちらかがベースとなって一方の曲が作られたのではないか。

間奏

楠町本郷の箕田流獅子舞は全曲を通して音楽が途切れることなく演奏される。曲と曲を繋ぐ間奏曲が幾つもある。それらは座付の序奏部分と似ている。だんちょうの後の間奏部分は座付の序奏とほぼ同じ旋律で始まる。

こっこっこっ(獅子起こし)

この曲のタイトルは鶏の鳴き声なのか?曲中では桴で太鼓の縁を”こっこっこっ”と繰り返し叩いており、鶏の鳴き声に聞こえる。口取は長鳴鶏の一種東天紅を模した甲を被っている。口取の直近のモデルは雅楽の散手や貴徳と言った武舞いと考えられる。それらは竜甲、鳳凰甲を被って舞われる。雅楽の一般的な甲は鳥甲である。その名称から鶏甲とし、より具体的な形状にしたものが使われている。他地区では起こしと呼ばれている。師子を目覚めさせるからである。
初めに口取が独りで舞う。これは地面の下に住む魔物を祓う呪術である。陰陽道の反閉や相撲のしこ踏みも同様の呪術である。地面の下に住む魔物とは元は道教の土公のことだろう。新築のお祓いでも祀られる。この間師子は眠っているが、自身の廻りを飛び跳ねて踊る口取の舞いによって目を覚ます。
2/4拍子、太鼓の演奏から始まる。前振りの3小節は曲中で用いられるパターンではない。4小節目から太鼓の縁を叩く、そこから4小節間が基本パターンである。旋律のフレーズは長短まばらで太鼓の基本パターンとは12小節に1回合う程度である。笛は弱拍から吹き出される。この曲の旋律はソから始まり、ここまでの曲とは印象が変わる。その曲調は次の舞出しに近い。最低音のドから最高音のドまで全音域が使われ、難易度が上がる。楽曲はほぼ全体が部分的に繰り返して演奏される。シラソの3連符を複数回繰り返すフレーズは座付にも使用されており、全曲の最後に奏される舞上げにもつかわれており、楽曲に統一感を与えている。後半の最低音から始まる旋律は弱拍から始まるものと強拍からのものがある。拍子感の希薄さから生じた誤りと考えられる。3拍子が部分的に頻発する箇所は雅楽の夜多羅拍子5の影響だろうか?太鼓は一拍ごとのパターンを繰り返し拍子感は表出されていないため希薄である。それによって3拍子と2拍子が交互に繰り返されるおもしろさは伝わってこず、ただ不明瞭でよくわからない感じが立ちこめる。この箇所は他地区では見られない特徴であり、初めて聴く際には驚いたが楽譜にして調べてみると効果の上がる構造ではないことがわかる。このような不出来な楽曲を鵜呑みで継承させようとするのは酷いとしか言いようがない。音楽的教養の低さと実力の伴わない見栄の高さのためのはったりであろう。

間奏

師子舞人の交代あり。口取はささらから扇に持ち換えて舞う。
前曲の勢いのあるテンポをそのまま引き継ぎ、低音域で短いフレーズの繰り返しで演奏される。繰り返し部分が多数あり、その回数2回、4回、7回と個々フレーズによって異なる。最後に1オクターブ上で演奏され、そのままのテンポで次の舞出しに入る。

舞出し(舞出し1

時折師子を扇で煽る。師子は扇を取ろうとする。飼い猫を猫じゃらしでじゃらす様子を元にしているのか?
速いテンポでアーフタクト6と装飾音が応酬する。舞出し独自のテーマが細切れに演奏される。少し演奏しては途絶え、次に途中から演奏が始まり、また途絶える。この手法はテーマを通常通り演奏し、それを細切れにした場合に十分有効だと思われる。しかしながら楠町本郷では小節数数が増えており、通常通り演奏したテーマと隠された部分がずれてしまい、不明瞭さがもたらされている。ここからの一連の舞いにはこの独自テーマの使い回しが多用され、曲名毎に明確に曲を区別することができない。曲は間奏部分によって5つに分けられる。舞いの名称による区別はここで言う楽曲の構造上の区別とは一致しない。

舞出し2

低い音域でテンポを落として演奏される間奏から始まる。先の舞出しにほぼ同じ。

別れ扇(舞出し3前半)

口取は正座したまま伏せた師子を扇で煽る。師子は釣られて立ち上がり、扇を銜え取ろうとする。師子が扇に噛みつく瞬間に口取が扇をかわす。笛は高音のドを連続して吹くが伝統的手法がここには全く見られない。

跳び扇(舞出し3後半)

口取は扇を師子と自分の間に置き、閉じた扇子を叩いて師子を一層煽る。置かれた扇子を挟んで師子と口取が舞う。師子は時折扇を取ろうとするも口取に阻まれる。うなだれた師子を口取が扇子を叩いて鼓舞する。最後には口取が扇子を拾い上げる。
この曲の後半部分では師子が扇を取れなくてがっかりしたり、扇を再び取ろうと再燃している心情を笛の旋律が表現している。中音ミの連続した旋律をレの装飾音で切って演奏する伝統的手法が見られる。舞出しの各曲に共通して使用される快速のテンポのテーマにソからラにかけてポルタメントが付加され演奏される。他曲ではこのポルタメントは付加されない。

銜え扇(舞出し4

口取が正座の状態で扇で師子を煽る。師子はそれに釣られて立ち上がり、扇を銜え取る。扇を銜えたまま、師子だけが舞い、喜びを表現する。口取は柏手を打って頭を下げる。扇を取った師子の喜びの舞い。
ここでも師子の落胆のテーマが演奏される。

隅扇(舞出し5

舞台の対角線上に口取と師子が向い立ち舞う。其々が舞台の隅で転げる。正座した口取に師子が噛みつくが、口取は何ともない。口取が神通力で師子の噛みつきを無効化したということらしい。この呪術的な設定は山伏、修験道、陰陽師、仏教系呪師、呪禁師などの古代宗教の呪術に由来すると思われる。地区によっては噛みつかれるタイミングで剣印を結ぶところもある。師子は口を開けたまま呆然として後ずさりし、離れて伏せる。師子は最後に扇を口取に返す。
ここまでが一連の舞いらしい。この後の花の舞との間には間奏は無い。

花の舞

この舞いのモデルは中国南部の獅子舞の採青と考えられる。笹に三角のクッションを数個吊るし、その下で師子が舞う。口取は登場しない。師子が笹に鶴されたクッションを噛もうとする。低音の静かな部分と軽快なテンポの部分が交互に出てきて、師子の舞もそれに合わせて大胆に変化する。最後には師子が転ぶ。間奏曲はなく、続けて太鼓の軽快なリズムで舞上げが始まる。
楽曲は間奏部分から始まる。そして花の舞のテーマが演奏される。ゆっくりしたテンポでリズムが明確に表されず、採譜に苦労した。このテーマを15回繰り返す。その間にテーマは短くされたり、別のテーマが付加されたりして変形する。Coda(結句)は本局だけでなく全曲を通して全く同じものが用いられている。曲の統一感をもたらしていはいるがあまりに変化がなさ過ぎ、個々の曲の独自性が損なわれている。
  • 1間奏(序奏とも言える)+テーマ
  • 2テーマ
  • 3テーマ
  • 4テーマ
  • 5テーマ短い版+独自部分テーマ
  • 6テーマ短い版A
  • 7テーマ短い版B
  • 8テーマ短い版A
  • 9テーマ短い版C
  • 10テーマ短い版A
  • 11テーマ短い版C
  • 12テーマ短い版A
  • 13テーマ短い版
  • 14テーマ短い版再構成版
  • 15テーマ短い版+跳び扇のテーマ+[シラソ]+Coda
本曲ではミとミbが明確に使い分けられている。楽曲は低音レを必要としておりそのために第7孔を開ければ、ミbはクロスフィンガリングか音孔の半開、唄口による調整で出さなくてはいけないが、楽曲での使われ方からはそれらの方法は難易度高すぎる。おそらく元々調律がなされておらず、正確な音程で作られた楽曲ではなかったのではないか。しかしながら平均律の音程で書き表すことができる点がおもしろい。

舞上げ

だんちょで使用された軽快な旋律が再び奏でられる。口取が再登場し、師子の横に並んで共に軽快なテンポで舞い、一連の演目が閉じられる。

飼い慣らし

楠町本郷の箕田流には無い。地域によっては貝鳴らしと書く。他地区の旋律からだんちょや舞上げで使われる軽快なテンポの部分と考えられる。一連の舞いからは独立しており回壇において使われたと考えられる。

おかぐら

楠町本郷で春秋に行われる神事では獅子舞の楽曲以外に比較的短い行進曲風の楽曲が演奏される。ほとんど同じ楽曲が石薬師南町の箕田流獅子舞にも受け継がれている。石薬師北町の山本流獅子舞ではこの曲は使われない。南町ではこの曲を”おかぐら”と呼んでいる。その演奏は優雅な装飾音をともなって雅やかである。楠町本郷の演奏では風雅な雰囲気は全くなく、実直さが目立つ。
楠町本郷のおかぐらには導入部分が残っており、常にそれから演奏を始め、本曲に入る。その導入部分の調はドレミbファ(ソラシ)である。(ソラシ)は導入部分では使用されない。本曲ではドレミ(ファ#)ソラシで作られている。(ファ#)は使用されない。獅子舞と同じ笛を用いて演奏され、本曲の音階は獅子舞と同じ音階とも考えられるが、元々ファ#が存在しないドレミソラシの6音音階とも考えられる。全曲が2/4拍子である。歩く位の速さで演奏される。太鼓と銅拍子を伴う。獅子舞では銅拍子は用いられない。
1正確に言えば獅子笛のミはピアノのレであって、獅子笛は1全音低い。譜読みを容易にするため移動ドで表現している。
2Youtubeに昭和57年撮影の動画がアップされている。
3実際には一定のテンポの2/4拍子で演奏される部分とほぼ同じテンポだが4/4拍子で数えられるのでゆったりと聞こえる。序奏は1小節が4拍。テンポが上がる部分は1小節が2拍。
4繰り返しの際に演奏される部分。雅楽の楽曲にしばしば見られる。
5平安時代に京都の楽人が考案したという変拍子である。
6フレーズが弱拍から始まること。