19 Apr 2020

鈴鹿市石薬師南町箕田流獅子舞曲譜リンク


とりあえず整理できたのでシェアする。

箕田流獅子舞曲には冒頭に座附という笛の独奏部分があるのだが、この地域では失われている。しかしながらお神楽という行進曲は残っていて、これは日永では失われていたりする。

今回採譜した音源はYoutubeで公開されているもの。

中町・南町獅子保存会獅子舞

この地域の楽曲の特徴はゆっくりな部分の拍子が乱れているところ。それが味わいとなっていたりする。楠の獅子舞曲では拍子の乱れが少ないが、演奏者が拍子を意識していないので採譜が難しかった。本来は明確に拍子があったのではないかと考えられる。雅楽ではゆっくりな部分は序と呼ばれ、明確な拍子が記されていなかったりする。その特徴を継承しているのかどうかは不明。

箕田流の楽曲は繰り返し部分が手が込んでいて採譜するのが難しい。繰り返し部分と思われるところに細かい変奏が加えられていて、正確な繰り返しとは言えないケースがある。それらを統合していけば、基本的なルーティンを見つけることができそう。

三重県北勢地区の獅子舞の本拠地は鈴鹿市である。ここには多種の流派が今も残っている。地域によっては能の影響が強く、装飾音が多すぎて本来の旋律が聞き取り難かったりして採譜が困難である。

箕田流獅子舞曲の採譜は当初は2年程かかっていたが、この頃は1ヶ月強でできるようになった。頭が不出来な演奏に慣れたからと思われる。これによってフルートなどを演奏する気は全く起こらなくなってしまったが、獅子舞曲の採譜はなかなかおもしろい。

音源の採集に苦労する。地域では保存用のビデオがあるようだが、獅子舞曲を五線譜に書き取るのが困難でしていなかったりする。また拍子がはっきりしていない演奏を良しとしているので、拍子のはっきりした演奏には抵抗がある様子。楽譜にしてしまうとその通り演奏しなくてはならないと何故か思い込んでいたりする。

山本流が簡素な楽曲構成を残しているので採譜し易い。中戸流、国府流は明治に手が加えられた印象が強いのであまり乗り気になれない。見栄を張って荘厳に見せているのがインチキ。この点は稲生流も同じで明治に手が加えられたように見える。これがハッタリじゃなかったらおもしろいのだが。。。

箕田流では四日市の日永が古いスタイルを残していて、江戸時代に伝承されてから学び直しをしていないそうである。 山之一色から再伝習されるケースを2、3聞く。この地域の動画もyoutubeにあるが、テンポを落とし過ぎているように感じる。

おもしろいのは獅子舞が仏教系の舞樂ということを地域の人達が知らないことである。またこの地方の獅子舞と中国北部の獅子舞との共通点についても知らない。江戸時代初めに中国から大量の本等が入り、幕藩体制の基礎作りに用いられた。その際に獅子舞も改めてもたらされ、それが継承されているのではないだろうか?
だんちょう、起こしと呼ばれる2曲は口取りがペニスを扱きながら舞うお祓い舞いなのであるが、それも地域の人々は知らない。忘れ去られてしまったのだろう。昨今は女の子が舞っている地域もある。本来の意味が忘れ去られて変化していくのを同時代的に観察できるのはおもしろい。これを説明したらいったいどうなるだろうかLoL