27 Jul 2024

椿大神社

 神社検索より祭神一覧

《主》猿田彦大神,《相》瓊瓊杵尊,栲幡千千姫命《配》天之鈿女命,木花咲耶姫命,

記紀の天孫降臨から瓊瓊杵の結婚までの配役


《合》高御産巣日神,天照大御神

栲幡千千姫命の親、瓊瓊杵の祖母


五男三女神 -> 天台宗・山王神道の山王権現、日吉山王権現、牛頭天王の八王子

天之穂日神 -> 天孫降臨前に出雲に味方した。天照とスサノオの誓約の八王子の1人

豊受大神 -> 伊勢神宮外宮の祭神

大穴牟遅神 -> 出雲 大国主

速玉男神,伊邪那美大神,大事忍男神 -> 国生み神話の配役達

保食神 -> 芦原中国の食物の神

迦具土神 -> イザナミを死に至らしめた

建速須佐之男命 -> 牛頭天王

大山積命 -> 山の神 修験道?木花咲耶姫命の父親

大雀命 -> 仁徳天皇 品陀別命(応神天皇)の子

品陀別命 -> 八幡大菩薩

菅原道真 -> 天神

弥都波能売命 -> 水源の神

大山咋命 -> 比叡山延暦寺の守護神 地主神

宇迦之御魂神 -> 稲荷信仰

八百万神

息長帯比売命 -> 神功皇后

天津日子根命 -> 多度 天照とスサノオの誓約の八王子の一人。よって牛頭天王の八王子が元か。

太玉命 -> 忌部氏の氏神

天児屋根神 -> 中臣氏、藤原氏の祖神

志那都比古神 -> 風の神

板倉家祖先

白髪大神主 -> ?

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主神などは記紀の天孫降臨の配役なので、椿大神社が神道の神社となったのは記紀が成立した後はないか。

合祀された神にも神話の神がいるのは何故なのか?

八王子や牛頭天王の信仰があり、仏教系の村社を合祀して仏教の信徒を国家神道の信徒に転換した。

山の神、八幡大菩薩、天神、稲荷信仰など、他地区にも見られる信仰が山本町近辺にもあったことがわかる。

神功皇后は明治以降に祭られたのではないか。

天津日子根命は八王子の1人だが、この神だけ単独で書かれている。よって多度神社の信仰ではないか。

忌部氏と藤原氏の祖神が祭られている点が興味深い。猿田彦と関係があるか?

白髭大神主については?この神社は山本流獅子舞の本家で、行満神主によって創始されたと伝承されている。歴代神主の内白髭をたくわえた者を祭ったか。

信長の伊勢侵攻の際に焼き討ちにあったのは、一向宗、比叡山系統の仏教勢力と深く繋がっていた神社だからだったと考えられる。

長太の飯野神社

 神社検索より祭神一覧

《主》宇迦之御魂神 -> 稲荷信仰

《配》建速須佐之男命 -> 牛頭天王 津島信仰 仏教系

鵜葺草葺不合命 -> ?

《合》

  1. 保食神
  2. 大山津見神 -> 山の神 修験道
  3. 猿田毘古神 -> 伊勢?
  4. 大宜都比売神
  5. 速秋津日子神,速秋津比売神 -> 河、海
  6. 阿夜可志古泥神,伊邪那美命,速玉之男命,黄泉事解男命 -> 熊野信仰
  7. 菅原神 -> 天神
  8. 底筒之男命,中筒之男命,上筒之男命 -> 住吉信仰
  9. 多紀理毘売命,市寸島比売命,多岐津比売命,正哉吾勝勝速日天忍穂耳命,天之菩卑命,天津日子根命,活津日子根命,熊野久須毘命 -> 牛頭天王の八王子または天台宗・山王神道の八王子権現、日吉山王権現

創始は1124。土宮又は飯野神社と呼ばれていた。

1906(明治39)には飯野神社・須賀神社(明治より前は牛頭天王社か大梵天王社)・長太神社合殿。後年飯野神社と単称したものと推定される。又一説には幕末までは「土の宮」と称していたが、1869(明治2)前後に鎮座地の地名北長太村字飯野里から飯野神社と社名改称されたとも言われている。

1907(明治40)には9社を合祀。

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主神は稲荷信仰。

配神の1人は牛頭天王だったが、明治の神仏分離令でスサノオに置き換えられたか。

ウガヤフキアエズを祭る信仰は?

1は食物を栽培する農業の神に神道の神を当てたか。

2は山の神に神道の神を当てたか。

3は伊勢信仰の1つで街道沿なので導きの神を配したか。

4、6は江戸後期に経済状態が良くなり、地方の村落がビジネスに乗り出した際に神社の社格を上げる必要があった。その時に購入した神ではないか。

5は河と海の地域の神に神道の神を当てたか。

6は熊野信仰か。イザナミが黄泉の国へ行った神話の配役たちなので、熊野が黄泉の国というところか。

7天神さま

8住吉信仰は港、漁業の神。6と8は神話の一連のストーリーで登場する。漁業の神として神道の神を当てたか。

9は元は牛頭天王の八王子で、明治の神仏分離令によって置き換えられた。仏教系。

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獅子舞を擁していたのは須賀社と八王子社で、それぞれ山本流、箕田流ではないか。

24 Jul 2024

祭神の変更

祭神は明治の神仏分離令で変更されたものがある。四日市市内の神社に見られるものを書き出す。

  • 秋葉権現:三尺坊大権現(さんしゃくぼう) → 火之迦具土大神(かぐつち)
  • 越知大権現 → イザナギ
  • 金毘羅大権現 → 大物主
  • 愛宕権現 → 愛宕大神(あたごおおかみ)
  • 祇園社:(牛頭天王) → スサノオ
  • 八王子 牛頭天王の八王子又は山王権現 → 五男三女神
神社の合祀によって、神道の諸流をまとめたらしい。八幡神は奈良、平安時代から八幡大菩薩、応仁天皇と習合していた。これを国家神道にまとめたか。

23 Jul 2024

西冨田の川俣神社

祭神
《配》経津主命、武甕槌神->春日神

《主》多紀理毘売命->宗像三神 天照スサノオの誓約の五男三女神、八王子の1人。

玉依毘売命、品陀和気命、息長帯比売命->八幡大菩薩

崇徳天皇->白峯神社 怨霊 縁切り

大穴牟遅命 ->出雲大社

金山毘古神->金山神社、鉱山の神

久那斗神、八衢比古神、八衢比売神->了神を、道祖神とする 場合がある。
 後者2神は  道俣神、夫婦神、記紀より古い民間信仰か。

神社検索より
『亀城兎園記』の西富田条に「社八玉子・八幡・天神 貮拾五間四間 村之西」とあり、古くは八王子と称されていた。
八王子は牛頭天王の八王子なので仏教系。
天神である菅原道真が祭られていない。

1313の棟札があるので古くからあった。
1908(明治41)に和泉の川俣神社に合祀され、1948(昭和23)に分祀されて1951に独立宗教法人になった。和泉の川俣神社も江戸期には八王子社だった。祭神は西冨田より少ない。

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主神が八王子の1人であり、古くは八王子社と呼ばれていたことと合う。
八幡神は八幡大菩薩とされてから広まった。
久那斗神などの道祖神は旧東海道沿いであるため、祭られたか。なんらかの理由で猿田彦を祭れなかったためと思われる。
和泉にも八王子社があったので、仏教系の信仰が広まっていたことがわかる。

22 Jul 2024

ピアノ練習

ピアノ椅子の高さを39cmにして前足の下に1cmの板を置いた。そして右側を1cm程引いた。これによって身体は少し後傾になり少し右に向く。腕は身体に近づき、右腕は鍵盤から少し離れるがより自由に動かせる。弾き易い。

庄野の川俣神社

10社を合祀した神社

8 大国主神 出雲大社

7 大彦命->貴船社
高神=闇淤加美神

1 健速須佐之男命->牛頭天王社

2 宇迦之御魂神->稲荷社

3 品陀和気命->応神天皇 八幡大菩薩、八幡神
息長帯日売命->神功皇后
玉依毘売命
市寸島姫命 ->宗像三神

4 菅原道真->天神

5 大山祇神->山の神 修験道

9 埴山毘売神-> 愛宕社?
肥料、土、農業の神

10 大直毘神
祓の神

6 建御名方神->諏訪信仰


19 Jul 2024

神仏分離令によって改称させられた例

八幡大菩薩->八幡神社
四日市市日永八幡獅子
牛頭天王社->須賀社
鈴鹿市東王垣
牛頭天王社->八雲神社
津市白塚町、河芸町
大梵天王社->八雲神社
八王子社->宇気比社
鈴鹿市肥田町、北玉垣町

八王子社->川俣神社
鈴鹿市西冨田

八幡神=応仁天皇=誉田別命
奈良~平安時代に習合。記記には書かれていないので、元々は無関係か。
781に朝廷が宇佐八幡に八幡大菩薩の神号を送った。これより全国の寺に八幡神が勧請され広まった。
明治政府によって八幡大菩薩の仏教的神号は禁止された。
誉田別命、比売媛(宗像三神)、神功皇后、仲哀天皇、武内宿禰、王依媛