10 Sept 2020

雅楽の古譜を読む:扶南 平調

 

詳しい説明は研楽庵にある。

房中楽。

短い作品なので繰り返しを多くした。琵琶、笛、篳篥の古譜には即興、もしくは変奏の例が書かれている様子。箏は旋律の原型が書かれている様子。

平調、E dorianであるが、箏の左手の技法で派生音が作り出されている。雅楽の時代は機能和声がなかったので旋法に基づいた変奏、味わいがあったのだろう。機能和声に慣れた耳と頭には分かりづらい。

Source

  • 仁智要録@宮内庁書陵部 鷹593
  • 三五要録@宮内庁書陵部 伏931
  • 懐中譜@東京国立博物館 和1368
  • 竜笛要録譜@宮内庁書陵部 鷹609

9 Sept 2020

雅楽の古譜を読む:還城楽(見蛇楽)乞食調

 


譜面の記号の読み違えに気づいたので修正して再アップロードした。

伎楽の迦楼羅の代曲として用いられた。

Eを主音とする調には平調、太食調、乞食調がある。平調はDorian、太食調、乞食調はMixolydian。

パーカッション以外のパートは全て古譜に基づいている。テーマは箏の譜から取っている。テーマは派生音を用いてメロディが構成されている箇所もあり、おもしろい。先の承和楽といい、先人たちは派生音を用いるブルース的な感覚を楽しんだのであろうか?

独奏部分は即興演奏として構成している。動画のなかで全ての即興演奏が同じに演奏されている箇所を設けているが、それだけ聞いていても何となくテーマを推測できる程度で混雑していて聞いていても楽しくない。

Jazzのコンボのように構成したので、最後に再びテーマが演奏される。古譜の説明によると7回繰り返して演奏されたとある。この動画でも7回繰り返している。

古代に大乗仏教が隆盛し、仏教布教のための音楽劇が作られ、大陸で流行した。その中の一曲がこれではないかという説がある。

参考文献

  • 仁智要録@宮内庁書陵部 鷹593

  • 三五要録@宮内庁書陵部 伏931

  • 懐中譜@東京国立博物館 和1368

  • 竜笛要録譜@宮内庁書陵部 鷹609

  • 楽家録

7 Sept 2020

雅楽の古譜を読む:承和楽 壱越調

 


834-847承和年間に日本人によって作曲された雅楽曲。

伎楽の酔胡の代曲として用いられるとある。その際は笛と打楽器だけで演奏されると思う。

仁智要録と三五要録には2曲づつ収録されている。それらはペアになっている様子。

仁智要録の旋律が原型と思われる。この動画ではそれをテーマとして他の楽器でもユニゾンで演奏している。もちろん其々の楽器の音域に合わせて上げ下げした。

各楽器の独奏の部分は其々の古譜に基づいている。この内最も読み難いのが竜笛譜だった。用いた龍笛譜には拍が付されていなかったし、譜字の量が多く、旋律が単純に変形、装飾されたものには見えなかった。篳篥もそうだが同音反復が幾つも見られるのでタンギングが用いられていたと思う。龍笛には前打音もあり、由のテンポは琵琶より倍速いと思われる。かなりの技量が必要とされたことがわかる。即興演奏を記録したものでFree Jazzのように元のメロディーを頭の中で鳴らしながら、自由に即興するという手法に見える。当然機能和声に基づいていない。

懐中譜には拍が付されていたが、小拍子の方は位置がいい加減で正しいと仮定できなかったので箏の旋律と対象させて音を配置した。龍笛にはこの手法が通用しなかった箇所が圧倒的に多かった。

仁智要録の信頼性はすこぶる高い。三五要録もなかなか信頼できるが時に一拍子余分だったりする。

この曲は古くは6回繰り返して演奏され、平安後期には4回、略す時は2回と説明されている。今回の動画では6回繰り返しにして、最初と最後に箏の旋律をテーマとして演奏し、その間に各楽器の独奏を入れた。

Youtubeには熱田神宮の承和楽の動画があるが、全然違う。

宮中の雅楽は平安時代の後の戦乱の時代に断絶してしまい、秀吉から家光までかかって復興した。それが現代の宮内庁に続く雅楽で熱田神宮のもそうと思われる。明治以降政府が雅楽の演奏が荘厳に聞こえるようゆっくり演奏するように再三求めたので現在は4〜16倍遅く演奏されている。これはDr. Laurence Pickenによって1960年代(?)に指摘されていたのだが、今もって現代の雅楽は下の魅力が分からないほどゆっくり演奏されているわけだ。研究者の間では唐代の大陸中華圏の歌謡曲風の旋律が基本になっているのを確かめている人達がいる。

現在の雅楽のオーケストレーションには一定の法則性があり、古譜に基づいて再作曲されているようである。それ故古譜通りに演奏させたものと大きく異なる。

古代中華圏で流行った歌謡曲を基にしていてもその魅力が全く失われるようなオーケストレーションとテンポ設定で演奏されている現状の雅楽はハッタリ。そんなもの要らない。社会悪と思う。

参考文献

  • 雅楽ー古楽譜の解読 林謙三 東洋音楽選書1969
  • 仁智要録 鷹593
  • 三五要録 伏931
  • 懐中譜 和1368
  • 壱越調曲譜 伏824

4 Sept 2020

Nexus 5 のバッテリー交換2回目

 


AmazonでWL JUST STOREより2017年12月29日に購入した交換用電池。交換用の道具とセットになっていたもの。

2020年の9月4日までに突然シャットダウンするようになっていたので再び交換。電池が膨れていたので記録しておく。電池としてはもった方と思う。

Nexux 5は本体のマイクが機能しなくなってから、イヤホンマイクで使用している。OSを入れ替えて使うのがおもしろいのでalternative romがあるものを選んでいる。電池交換はネットに情報がある。

交換の際ボディーが少し割れて欠けてしまったのが残念だがケースに入れていれば大きな問題はないと思う。

3 Sept 2020

日本の女帝と伊勢神宮の祭神

 伊勢神宮のweb siteより引用

"伊勢市の中心部、高倉山を背にして鎮まります豊受大神宮とようけだいじんぐうは、豊受大御神とようけのおおみかみをお祀りしています。豊受大御神は内宮の天照大御神のお食事を司る御饌都神みけつかみであり、衣食住、産業の守り神としても崇敬されています。"

これに対応する日本の女性天皇はいるのか?

Wikipediaで順に見ていくといきなりぴったりの人物が見つかった。

554-628 推古 諱は額田部皇女(ぬかたべのひめみこ)。和風諡号は豊御食炊屋姫尊(とよみけかしきやひめのみこと、『日本書紀』による。『古事記』では豊御食炊屋比売命という)。炊屋姫尊とも称される。

摂政に聖徳太子をおいた。

伊勢神宮内宮のweb siteの説明では天照が祭神で日本書紀の天孫降臨の話しが出てくる。
高天原から瓊瓊杵をつかわせた。朝鮮半島にあった高天原を引き払って九州へ移住する話し思える。

朝鮮半島にあった倭国の領土は任那(- 562)、加羅(414-)

三国史の魏書東夷伝倭人条では倭国の北限が狗邪韓国とある。この国が加羅では?広開土王の碑では391に倭が朝鮮を攻め、百済新羅を臣民としていたことがある。加羅は鉄の産出地だった。

5c、倭の五王が中華帝国宋に対して朝鮮半島の武力統治権を認めてももらおうとしていた。(宋書)

神宮皇后の三韓征伐を考えると内宮は神宮皇后を祭っているか?しかし彼女の和名 気長足姫(おきながたらしひめ)からは天照を連想できない。
彼女と当時の天皇の子の応仁天皇は筑紫で生まれた。

Wikipediaによると”応神天皇は後に男系断絶した仁徳天皇皇統と現在まで続く継体天皇皇統の共通の男系祖先である。そのため後世に皇祖神として奉られることになった。”とある。和名は誉田天皇で”天皇”が用いられているのが変。

王年代記というのが宋へ献上されたと宋史にある。楽に国中高麗の2つがあったとある。これは左方楽右方楽か。

天之御中主から23代は筑紫の日向宮に居た。19代目が天照。18代目が素戔烏、17代目が伊弉諾。神武が大和州橿原宮に移ったのが周代の設定なので古さは今の皇紀。
殷は長らく伝説と思われていたので周にしたか?中華帝国と同じ位長い歴史があると設定したかったか?

卑弥呼の話しは出てこない。

元々は宮中で祭っていたものを伊勢神宮へ移した。崇神が恐れを抱いたからという。

日本書紀では御肇國天皇(はつくにしらすすめらみこと)とも書かれていて、初代天皇とも受け取れる。3世紀頃の実在性がある。即位して万世一系を謳った。じゃこれ以前は?


参考資料

2 Sept 2020

獅子舞は倭国の時からある。

獅子舞は伎楽に含まれていた。日本書紀では612年に百済経由で日本に入ってきたことになっている。この時代まだ日本は倭国だった。

新羅本紀と新唐書では670に日本に改めたことになっている。この時は天智が皇太子として実権を握っていた。

593-628 推古(外宮に祭られてる人?)

612 百済より伎楽伝来

629-641 舒明

642-645 皇極

645 乙巳の変(ここから天智帝が政治しきる)

645-654 孝徳

655-661 斉明(皇極の2回目)

663 白村江の戦い

668-672 天智(ここで天智が即位)

670 国号を日本に改称(新羅本紀)

673-686 天武

690-697 持統

697-707 文武

703 粟田真人が唐に朝貢(旧唐書)

707-715 元明


648に新羅の遣唐使に託けて唐に文を出した時は倭。


魏史倭人伝では日本については書かれていない。

倭は古くは100余国、交流のあるところは30国。

対海国 1000戸

一大国 3000戸

末盧国 4000戸

伊都国 1000戸

奴国 2万戸

不弥国 1000戸

投馬国 5万戸

邪馬台国 7万戸

邪馬台より北に多数の国がありそれが女王の勢力範囲とされている。刺青で貫頭衣。国々に市があって物々交換している。大倭がこれを監視している。


この市場を監視している大倭。倭を倭と書けば大和(やまと)になる。国々に市があったので国々に大倭がいたと思われる。監視する位だから武力があったはず。

対馬に1000戸妻を3人子供3人老夫妻2人とすれば1戸6人、6000人。現在の対馬は32000人。
この人口で米を作っていても足らないので米を仕入れに他国へ行く。生産量はかなり低いのか。

倭から魏には生口と呼ばれる奴隷を献上していた。これは奴隷制があったことを意味している。


旧唐書では倭国と日本の両方について述べられている。

倭国は古の倭奴国のことである。50余国が服属していた。王の姓は阿毎氏。冠位12階があった。東西5ヶ月南北3ヶ月の旅程。賎人は貫頭衣、貴人は新羅の服装に似ている。

703の遣唐使の前に日本について述べている。

  • 倭国が国号を変えた。
  • 日本は倭国の別種で古くは小国だったが倭国を併合した。
日本の使者は尊大で誠実に答えないので怪しいと書かれている。

新唐書では倭は日本にまとめられている。
日本は古の倭奴国。王の姓が阿毎氏。
600 はじめて中華帝国に通じたとある。この時の王が多利思比古で用明とされている。
670 に国名を日本とした。歴代天皇が次々と上げられていて、女帝もいる。32代までは筑紫にいて神武か大和州へ移ったとある。大和州は本州のことか。

600以前から中華帝国に通じていたはずだが。。
日本書紀は日本側の歴史を主軸にしたものか。九州一体の邪馬台国勢力を取り込んでその歴史を神話にしたか。神話にしたのは倭国が存在した記憶を消し去り、旧倭国勢力を取り込んで中央集権制を継続させるための権威を作り出すためだったか。古に小国だった日本はどのあたりにあったのだろうか?刺青の習慣がないところだったのか?

612に伝来した伎楽の一部の獅子舞が四天王寺に今もある。教訓抄によると平安時代末期にはすでに宮中の獅子舞と異なっていたものだった。このところ伎楽譜を読んでいるが、宮内庁書陵部の伏1170と仁智要録12巻ではぜんぜん違う。

参考文献


Gigaku from Tenkanraku-hoka-Gigakufu @ Kunaicho-Shoryobu


Authentically, Gigaku was played with short flute, percussion and small symbal. This one is arranged for Biwa which is traditional lute. It has some notes for flute, too.

This one was researched by Kenzo Hayashi.

It has 9 short pieces. The order is different to the other one.

  1. Shishi / 師子
    This one is Lion dance. The music is very different to local lion dance in Mie prefecture.
  2. Gokou / 呉公
    Gokou means the king of ancient Go dynasty. The dynasty had buddhism.
  3. Kongou / 金剛
    This is one of the savers of buddhism.
  4. Karura / 迦楼羅
    Bird monster.
  5. Konron / 崑崙
    Slave of african. The ancient china used slave at least in 9c.
  6. Rikishi / 力士
    This is the other of the savers of buddhism.
  7. Baramon / 婆羅門
    Brahman. In the ancient India, This religion dominated people.
  8. Taiko / 大弧
    Old man who believe buddhism
  9. Suiko / 酔胡
    Drunken King and its subbordinate in west asia.
The surviving music score belongs to Kunaicho-Shoryobu. The number is 伏1170.