29 Aug 2021

三つ巴 二つ巴

 雅楽の左方楽と右方楽のマーク

左方楽は唐伝来の楽を中心に仏教系の林邑楽等がまとめられている。そのシンボルマークが三つ巴で、太鼓には龍のマークと太陽のオブジェが付いている。

右方楽は朝鮮伝来の舞楽を中心にまとめられている。そのシンボルマークが二つ巴で、太鼓には鳳凰のマークと月のオブジェが付いている。

月のマークは月支国に関係するか、鳳凰は?二つ巴は?右方楽は高麗楽とも呼ばれる。高麗(918-1392)は百済と新羅を合わせているので音楽文化は多様だったと思われる。

平安時代(794-1192)は高麗と時代が合うが、正式な国交の記録は少ない。

主に民間レベルでの国交だったか。

Wikipediaの高麗のページでは音楽文化には触れていない。


雅楽の高麗楽には短い旋律の繰り返しを繋げたものや、中規模の構造の曲が多い。どれも旋律が洗練されていて、聞いていて楽しい。仏教系と思われる曲が幾つかある。

28 Aug 2021

味摩之

Wikipedia:  味摩之

『日本書紀』によれば、612年(推古天皇20年)に帰化したと言われており、呉(中国南部)で学んで、伎楽の舞を修得したという。『令集解』の『職員令』の項目によると、伎楽と腰鼓などは呉楽であるとされており、その舞は滑稽卑俗なものであったと言われている。


桜井(豊浦寺のあったところ)に住居を与えられ、少年を集めて伎楽の舞を教えたとされる。真野首弟子・新漢済文がその舞を習い、伝承している。


新羅本紀

402 新羅が倭国と通好し、新羅は奈勿尼師(356-402)今の子、未斯欣を人質として倭に送った(新羅本紀)

未斯欣(みしきん)が味摩之(みまし)に音が近いなと思った。紀では百済から帰化したとあるが、百済の人っぽい名前じゃない。未斯欣の方がまだ近い。



24 Aug 2021

卑弥呼

Wikipeida: 卑弥呼 

魏志倭人伝に

骨を焼き、割れ目を見て吉凶を占うとあるように卜術をよく行う巫女(シャーマン)であった可能性が高い

卑弥呼が死亡したときには、倭人は直径百余歩(この時代の中国の百歩は日本の二百歩に相当し、約90m)もある大きな塚を作り、奴婢百余人を殉葬したとされている(卑彌呼以死、大作冢、徑百餘歩、殉葬者奴婢百餘人)。塚の大きさが直径で記されているところから、前方後円墳ではなく、円墳ないし丘地形を利用した形状だったと考えられる。


時期不明 - 倭国で男性の王の時代が続いた(70-80年間)が、その後に内乱があり(5-6年間)、その後で一人の女子を立てて王とした(卑弥呼の即位)。その女子の名を卑弥呼といい、1000人の侍女たちを使えさせたという。

景初二年(238年)12月 - 卑弥呼、初めて難升米らを魏に派遣。魏から親魏倭王の仮の金印と銅鏡100枚を与えられた

卑弥呼が死んでからは卑弥呼の宗女「壹與」を13歳で王に立てると国中が遂に鎮定した。倭の女王壹與は掖邪狗ら20人に張政の帰還を送らせ、掖邪狗らはそのまま都に向かい男女の生口30人と白珠5000孔、青大句珠2枚、異文の雑錦20匹を貢いだ。

殉葬したり、生口を献じたり、占いしたりというところが殷の習慣に似ている。

殷があったのは紀元前17世紀-紀元前1046年なので、それからずいぶん時間が経っていることがわかる。

殷の王族と思われる箕氏が朝鮮に渡り、衛氏朝鮮(紀元前195年? - 紀元前108年)に負けた。海へ逃げて半島の南部へいき、馬韓を平定して韓の王となった。

これが、紀元前12世紀 - 紀元前194年。

馬韓は紀元前2世紀末から4世紀中葉続く。

この馬韓の中の伯済国が中心になって百済になる。4世紀前半-660年続く。

238に卑弥呼が魏に使いを送って封じられているので、百済になる前の馬韓の時代の話になる。殷の王族の箕氏が馬韓の王となっているので、殷の習慣が広まっていただろう。そしてそれが238以前の九州の邪馬台国へ伝わっていたのだろう。

魏志倭人伝では朝鮮半島の南の端は倭と書かれている。その上には三韓がある。

しかし邪馬台国への道のりでは狗邪韓国から海を渡って進んでいる。

女王国までの国

  • 狗邪韓国
  • 対馬国
  • 一大国
  • 末盧国
  • 伊都国
  • 奴国
  • 不弥国
  • 投馬国
  • 邪馬台国
遠方にあって名前だけしか分からない国
  • 斯馬国
  • 己百支国
  • 伊邪国
  • 都支国
  • 彌奴国、
  • 好古都国
  • 不呼国
  • 姐奴国
  • 對蘇国
  • 蘇奴国、
  • 呼邑国
  • 華奴蘇奴国
  • 鬼国
  • 爲吾国
  • 鬼奴国
  • 邪馬国
  • 躬臣国
  • 巴利国
  • 支惟国
  • 烏奴国
  • 奴国
  • 狗奴国 この王が狗古智卑狗で女王に属さない。


23 Aug 2021

つのがあるひと

 倭人が来た道 第9章 確かな足あと

Wikipediaで殷について読んでいたところ、山海経や淮南子という中国の神話などが書かれた書物があることを知った。

それらには天地開闢の話や足の3本ある烏の話、太陽神の話など載っている。これがかなり古くからあったらしく淮南子の方は前世紀に成立している。また日本には古くから入っていたらしい。

つまり古事記や日本書紀の元ネタになっている可能性がある。

上のブログにはミャオ族の信仰、頭が人体が蛇の神さまの話とか、タイのアカ族の鳥居の話とか三角が連続する模様とかしめ縄とかあるのだが、驚いたのは女性が角みたいに飾りをつけている。これは劉邦が軍に採用したらしい。

都怒我阿羅斯等ってこの部族の人か漢以後の人だろうか?”つのがあるひと”に漢字を当てただけなのがおもしろい。

この人は大加羅(金官国)から来たと考えられているらしい。この国は三韓時代にはどこにも存在しない。弁韓時代の弁辰狗邪国

半島南の倭のあたりが3世紀から6世紀中頃に伽耶になってその中に存在する。

その辺りでは5世紀後半から6世紀中葉に前方後円墳が作られる。日本産の翡翠が大量出土している。

日本では3世紀中頃から7世紀と半島よりちょっと長い。

3世紀半ばから奈良を中心に作られたらしい。

前期 3世紀中頃から4世紀中頃、数は東国に圧倒的に多い。

中期 4世紀後葉~ 5 世紀末葉 は規模が大きい。奈良近辺よりも西と東に数が多い。

後期 6世紀後半、西と奈良近辺では作られなくなるが、東で大型が作られる。


半島南部の倭と呼ばれた地域と弁韓は一体化したのか?そして日本列島と同時期に同じ形状の大規模墳墓が作られる。しかも日本では関東地方に圧倒的に多い。

日本に渡来した王族に国を分け与えたのだが、九州と近畿では間に合わなかったので関東を分けたか?それにしても王に比肩するレベルの大きさのものが多数あるのは、半島諸国の中枢がそのままやってきたのか?

 Wikipedia:

殷の青銅器文化はその芸術性において最高の評価を与えられている。周も基本的にはその技術を受け継いでいたのだが、芸術性においては簡素化しており、殷代に比べればかなり低い評価となっている。


この時代の青銅器はほぼ全てが祭祀用であり、実用のものは少ない。器には占卜の結果を鋳込んである。これが金文と呼ばれるもので、この時代の貴重な資料となっている。殷代と比べて周代はこの文が非常に長いものとなっていることに特徴がある。


またそれまでの絶対的な祖先崇拝が薄められたことも殷と周との違いとして挙げられる。殷では祖先に対する崇拝と畏れが非常に強く、祭祀を怠ったりすればすぐにでも祟られるという考えを持っていた。


これらの青銅器に文字を鋳込む技術は王室の独占技術であったようで、諸侯には時に王室から下賜されることがあった。


建築の分野では周に入ってからそれまでの茅葺きから瓦が一般的になったことがわかっている。


日本の動物信仰

 Wikipedia: トーテム

また海神族・出雲族とされる神には出雲の大国主神(蛇)、事代主神(鰐)、建御名方神(蛇)、大物主神(蛇)といったように蛇、鰐のトーテムがあり、天孫族にも賀茂建角身命(八咫烏)、天日鷲神(鳥)、天鳥船神(鳥)、熊野大神(熊)といったように鳥、熊のトーテムがある[11]。

 Wikipedia:

海沿いの国では無かった。王の名前に熊がつく。

ミャオ族の祖先が建国したらしい。6代目の熊渠の時に蛮夷だから中華の爵位を受けないと拒否した。

越を滅ぼした。

動物信仰が盛ん

シャーマニズム的な要素を持ち合わせていた楚の墓中


Wikipedia: ミャオ族

ミャオ族の多くはすべてのものに霊魂や生命が宿ると信じ、樹、岩、山、川、泉などを崇拝する。祖霊や祖先の祭祀を怠らない。

毎年旧暦10月頃の卯日や辰日を年越しの日の苗年(ノンニャン)として祖先に感謝する祭りを行う。男性は蘆笙(キー)を吹き、女性は華麗な銀飾りと豪華な刺繍の衣装をきて舞う。この時は、男女の自由恋愛の機会でもあり、ユーファンと呼ばれる歌掛けで感情を表現した。

世界観は陰界 (yeeb ceeb) と陽界 (yaj ceeb) によって構成されており、さらに天界 (ntuj) をつけ加える場合もある。陰界は精霊と死んだものが行くあの世のことである。ミャオの信仰において、あの世は山の中もしくは地下にあると考えられている。陽界は精霊と人間の住むこの世と考えられている。


陽界の精霊は基本的には善意のある守護霊 (Dab quas) と森などに住む悪意のある精霊 (Dab qus) に分かれる。守護霊は家の柱、竈などさまざまな場所を守護している

天界の精霊には雨をつかさどる龍 (Zaj Laug) や虹 (Zaj sawv) もいるとされるが、在所は海の下もしくは湖の下の宮殿であるとされている。その他にも太陽の精霊 (Nkauj Hnub)、月の精霊 (Nrang Hli)、雷神 (Xob) などが知られている。

射日神話:ミャオ族の英雄(カー・ユウアム Kaj Yuam(タイ・ミャオ族))が太古に九つあった太陽を八つ射落とした神話がある。中国の射日神話と類似している。